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泣くか笑うか考えるかするブログ

祈って、食べて、踊って、書いて。愛しあえたらそれでいい。

教会と選挙

まえに通っていた教会で、あったこと。

信者の中に、親御さんの地盤を受け継いで統一地方選挙市議会の補欠選挙だったかな?記憶が怪しくてすみません)に立候補する人がいた。

教会と立候補する場所はべつの市なので、教会の大方のメンバーはこの人には投票できない。

礼拝のあと、「教会のみんなで○○さんの当選を祈りましょう!」という空気になったけれど、私はそれは祈らなかった。理由はシンプル。政党の公約が気に入らなかったから。好い人だったけれども、分けて考えるべきだと思った。

そのとき考えた。今回は祈りだけだったが、投票となるとどうだったろう。

公約やこれから目指す社会のビジョンに賛同してそれぞれが投票した結果、教会の票が同じところに集まるならなんの問題もない。

けれども、「同じ教会の仲間で、教会のために尽くしてくれているから」という理由で、教会の評議会なりリーダーからのトップダウンで票を集めてしまうのは、民主主義をあきらめてしまうことにならないか。

平和をつくるはずの者が、ファシズムへといたる全体主義になじむ心を育ててしまわないか。

人は感情で動く生き物だけれども、集団の空気に流されちゃいけない。

どんなに嵐が吹いても、神との関係の中で、私にとっての正解を、静かに見極めるために祈る人でありたい。

11月に大統領選挙を控えるアメリカ合衆国では、キリスト教会が組織票をまとめている事を知り、口惜しいついでに思い出したこと。